書界の報告

本を紹介するよ!

バルザック『従妹ベット』 その1

 バルザックはおもしろい。バルザックこそ小説の王といってもいい。バルザックを読めば小説というものが十九世紀にすでに極まっていたということがわかる。小説が好きな人はまずバルザックを読むべきで、バルザックが気に入らなかったらそれは小説が好きなのではないということかもしれない。

 そのおもしろさの要因はいろいろとあるけれども、私が思うのは「ものまね」というもの。ものまねタレントがおもしろいのは、ものまね対象の特徴や仕草を誇張しているところにある。小栗旬はあんなに顔を傾けないし「まーーーーきのっ」なんてそんなに伸ばさない。しかしそこには小栗旬本人よりも小栗旬性を備えた小栗旬がいる。バルザックのおもしろさというのは、あえて極端な人間を描くことで人間の真実に迫っているところにある。人間以上に人間らしい人々を描く。その結果、物語は激しさを極めてモラルというものが見出せなくなる。物語が終る頃には作品世界は焦土と化している。読者が作品から得るものが残らない。ところがそんな奔放さにこそ小説というジャンルの本質があるようにも思える。

 長編小説『従妹ベット』は『ゴリオ爺さん』や『谷間の百合』ほど有名ではないけれど、上述のような激烈なおもしろさが詰っている。登場人物たちはひとつの性質や方向性を作者から与えられていて、それを死ぬまで全うしていく。

 主人公のリスベットという老嬢は嫉妬に狂っている。ユロ男爵という人の家に仕えていて、ユロ男爵の妻アドリーヌは従姉なのだが、リスベットはこのアドリーヌのことをとにかく妬んでいる。リスベットは醜い。アドリーヌは美人でユロ男爵と結婚して玉の輿に乗ったが、リスベットは老いてなお独身だ。表面上は立派に女中を務めてきたのだが、心の底ではずっと憎んでいる。リスベットが裏で工作してユロ家を崩壊させ、そこへ献身的につくすふりをし、アドリーヌに感謝させ、自尊心を満足させたい。

 このような老嬢の歪んだ復讐劇がメインのストーリーで、そのように紹介されることも多いのだが、実はおもしろさはそれだけにとどまらない。ただ今回は、バルザックという作家がいともたやすく、なんの気負いもなくこのような物語を語るのだということを知っていただきたい。こんな悲しい話がありますよ、こんなけしからん話がありますよ、というのでなく、まあ世の中こんなもんだよねといった調子で激烈な物語が進行していく。バルザックという作家の特異な価値観が、小説という文学史上特異なジャンルと見事にマッチしていたのだ。